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東京地方裁判所 昭和60年(行ケ)222号 判決 1988年3月30日

原告

イー・アイ・デュポン・デ・ニモニアス・アンド・カンパニー

被告

特許庁長官

主文

特許庁が、昭和58年審判第17984号事件について、昭和60年8月6日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

主文同旨の判決

二  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第二請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

原告は、1977年2月22日にアメリカ合衆国にした特許出願に基づく優先権を主張して、昭和53年2月20日、名称を「光学繊維の製造方法」とする発明(以下、「本願発明」という。)につき特許出願をした(同年特許願第17747号)が、昭和58年4月1日に拒絶査定を受けたので、同年8月23日、これに対し審判の請求をした。

特許庁は、同請求を同年審判第17984号事件として審理し、昭和60年8月6日、「本件審判の請求は、成り立たない。」(出訴期間として90日を附加)との審決をし、その謄本は、同年9月7日、原告に送達された。

二  本願発明の特許請求の範囲第1項

(a)シリカの溶融物からシリカフイラメントコアを引出し、

(b)この引き出されたシリカフイラメントコア上に、このコアの屈折率よりも低い屈折率を有する熱可塑性重合体の溶融物を被覆することによる、シリカフイラメントコアおよび該コアの屈折率よりも低い屈折率を有する熱可塑性重合体クラツデイングから成る光学繊維の製造方法において、

(ⅰ)段階(a)において、該シリカフイラメントコアを2040℃~2140℃の温度において引出し、

(ⅱ)段階(b)において、1.1~2.0のドローダウン比における押出しによつて該重合体の溶融物を被覆し、

但し、上記のドローダウン比は、ダイオリフイスの開口面積、すなわちダイオリフイスの面積からシリカフイラメントコアの断面積を減じた値対被覆した光学繊維の熱可塑性重合体クラツデイング層の断面積の比である、且つ、

(ⅲ)該熱可塑性重合体の溶融物を被覆する以前には、該シリカフイラメントコアが如何なる固体表面とも接触しないことを特徴とする方法

三  審決の理由の要点

1  本願発明の要旨は、前項に記載されたとおりである。

2  これに対し、特開昭51-93231号公報(以下「引用例」といい、これに記載された発明を「引用発明」という。)には、石英素材棒よりシリカフイラメントコアを溶融紡糸した直後にクラツド層となるプラスチツクで被覆して光学繊維を製造することが記載されている。ここで、クラツド層となるプラスチツクとして含フツ素プラスチツク等が例示されている。

3  本願発明と引用発明とを対比すると、引用例には、本願発明がシリカフイラメントコアの紡糸温度範囲を限定し(相違点(1))、クラツドの被覆を押出し被覆によることとしてそのドローダウン比を限定している(相違点(2))のに対してこれらに関する記載がなく、クラツド層の材料についても格別の限定がない(相違点(3))点で相違があるものと認められる。

4  右相違点について検討する。

本願発明と引用例記載の光学繊維は、そのフイラメントコアの構造、材質および紡糸工程自体に差異がなく、しかも、本願発明において、紡糸温度を前記範囲に限定した根拠も単にこの範囲外のものが脆いものとなつて光学繊維として不適であるという点にあつてみれば、引用例記載の光学繊維もかかる条件下において紡糸されたことは理解できる。また、引用例記載のクラツド層の材料について例示のプラスチツクは、熱可塑性重合体を含むものである。そして、熱可塑性重合体による被覆の形成手段として押出し被覆によることは本願発明の出願前周知であり、これを採用することに格別の困難があるものとは認めることはできない。押出し被覆の際、この被覆がダイオリフイスを通るフイラメントコアの引出しに伴つて進行するものであることから、押出し後の被覆の厚さがダイオリフイス開口におけるよりも減少することは当然であつて、ドローダウン比1.1近傍は、常識的な数値と認める。しかも、本願発明においてドローダウン比を限定した点も、その根拠とする光学的減衰とドローダウンとの関係を示す各実施例及び第3図(別紙(一)参照)の記載によれば、同一のクラツド材料についてのドローダウン比の上限と下限とに対応する光学的減衰の値は必ずしも相等せず、また、各実施例中のデータにおける偏差は第3図によつて示される前記限定範囲を著しく逸脱するものを含むものであるから、これらドローダウン比の数値による限定に格別の臨界的意味があるものということもできない。

5  以上のとおりであるから、本願発明は、引用例の記載に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められ、特許法29条第2項の規定により特許を受けることができない。

四  審決を取消すべき事由

審決の理由の要点1ないし3は認める。同4のうち本願発明と引用例記載の光学繊維はそのフイラメントコアの構造、材質及び紡糸工程自体に差異がないこと、引用例記載のクラツド層の材料について例示のプラスチツクは熱可塑性重合体を含むものであること並びに熱可塑性重合体による被覆の形成手段として押出し被覆によることは本願発明の出願前周知であることは認めるが、その余は争う。同5は争う。

審決は、本願発明と引用発明との相違点について誤つた判断をし(取消事由(1)(2))、本願発明の構成要件を看過し(取消事由(3))、その結果本願発明は引用発明から容易に発明することができたものであるとの誤つた結論を導いたものであるから、違法として取消されなければならない。

1  引用例記載の光学繊維が本願発明と同様の温度条件下で紡糸されているとした判断の誤り(取消事由(1))。

本願発明の第1の特徴は、シリカの溶融物からシリカフイラメントコアを引出す、すなわち紡糸する操作を2040~2140℃という一定の範囲の温度で行うことである。このような温度範囲に限定した理由は、本願明細書(甲第2証の1)の発明の詳細な説明の項に記載したように、シリカフイラメントコアの靱性が大きくなり、その直径の大きさを適宜制御することができ、連続紡糸が可能となることである(甲第2号証の1、8頁3行~13行)。

これに対し、シリカフイラメントコアの紡糸温度が本願発明で特定した範囲外の場合、右のような作用効果は奏せられない。

例えば、紡糸温度が下限の2040℃に近づくと、シリカフイラメントコアの靱性は減少する。この段階ではまだ連続紡糸が可能であるが、2040℃よりさらに低くなると、コアが極端に脆くなり、もはや連続紡糸を行うことができない。反対に、紡糸温度が上限の2140℃を超えると、シリカフイラメントコアの直径を制御することが不可能となる。

このように、紡糸温度を2040~2140℃の範囲に限定することによつて得られる技術的効果は、本願明細書の実施例1で確認したところである。この実施例では特に、紡糸温度を下限よりも低い2000℃から上限の2140℃まで変えて実験し、各温度ごとの被覆繊維の靱性、全般的紡糸挙動、さらには光学的減衰値を測定して比較している(甲第2号証の1、30頁第1表参照)。

シリカフイラメントコアを紡糸すること自体は、引用例をまつまでもなく、本願特許出願前周知であり、原告の承知するところである。それ故、昭和57年11月27日付け手続補正書(甲第2号証の2)及び昭和58年9月22日付け手続補正書(甲第2号証の3)で補正した本願明細書の特許請求の範囲第1項において、一貫して特徴部分の前の前提部分に紡糸について記載するに留めた。本願発明の特徴とするところは、単に紡糸することにあるのではなく、同紡糸を2040~2140℃の範囲の温度で行うことである。

しかるに引用例(甲第3号証)では、コアとなるべき光学ガラスまたは石英を酸水素炎等の熱源でフアイバー状に紡糸するのみで、それをいかなる温度で実施するのか、全く触れられていない。なかんずく重要なことは、紡糸温度が光学繊維にいかなる影響を及ぼすのか、その靱性(ないし脆性)は無論のこと、紡糸挙動に対する影響も含め、いささかも認識されていないことである。いわんや、本願発明におけるように、光学繊維の特定の性質について良好な効果を得るために、紡糸温度を一定の範囲に限定しようとする技術思想は引用例には皆目認められない。

それ故、審決が認定したように、引用例記載の光学繊維が本願発明で限定された温度範囲で紡糸されてとは到底いえないのである。

2  ドローダウン比1.1近傍は常識的な数値であり、ドローダウン比の数値による限定に格別の臨界的意味があるものということはできないとした判断の誤り(取消事由(2))

本願発明の第2の特徴は、シリカフイラメントコアを紡糸した後、同コア上にこれより屈折率の低い熱可塑性重合体の溶融物(クラツデイング)を1.1~2.0の範囲のドローダウン比(メルトドローダウン比)で被覆することである。この被覆は、本願発明の実施例によれば、押出機によつて溶融被覆ダイから熱可塑性重合体クラツデイングを押出すことによつて行う(甲第2号証の1,13頁14行~14頁4行)。

ここでドローダウン比とは,本願明細書の特許請求の範囲第1項で定義したように、これをαとすれば、file_2.jpg944974 ROMO BBL HARI 74 ROM 7 9074947 +2 TOR MT RRORTGRSH 77/77 ROKER WALEXFRRONTORESE 77777 ROSERである。

(1) ドローダウン比の右定義から明らかなように、押出しによつてシリカフイラメントコア上に被覆した熱可塑性重合体クラツデイング層の断面積がダイオリフイスの開口面積より大であれば、ドローダウン比は1より小さくなり、逆に前者の断面積が後者の開口面積より小さいと、ドローダウン比は1より大きくなる。

ドローダウン比は、押出機のスループツト及び紡糸速度のいずれかまたは双方を変化させることによつて、適宜変えることができる。このことは、種々のドローダウン比で押出し被覆した本願明細書の実施例2以下の記載から明らかである。

例えば、本願明細書に添付した図面の第3図に示した曲線Aは、押出機スループツトを一定に保ち、紡糸速度を変え、曲線Bは逆に紡糸速度を一定にし、押出機スループツト及び紡糸速度をともに変えて、種々のドローダウン比とし、その際の光学的減衰値を求めて、グラフにしたものである(甲第2号証の1,22頁16行~23頁9行)。そして、曲線A、B、Cはそれぞれ実施例2、3、4で得られたデータにもとづいて作成した(甲第2号証の1,31頁16行~32頁2行、同32頁12行~14行、同33頁11行~12行並びに同35頁第2表参照)。

実施例2~4は同じ熱可塑性重合体クラツデイング材料を使い、実施例5~7はそれぞれ異なるクラツデイング材料を用いている(実施例5~7で得られたドローダウン比と光学的減衰値の関係は第3図の曲線D~Fで示す)が、これらの実施例では1.0以下および1.1から著しく離れたドローダウン比も採用されており、最小値は実施例2の0.56、最大値は実施例3の3.8に及んでいる。

右に述べた定義を有するドローダウン比は、いずれにせよ押出機スループツトならびに紡糸速度によつて可変であり、その値も、実施例に示したように、広範囲に及ぶ。

これに関し、審決は、押出後の被覆の厚さがダイオリフイス開口におけるよりも減少することは当然であるから、ドローダウン比1.1近傍は常識的な数値であると限定している(甲第1号証3丁裏2行~5行)。

「押出後の被覆の厚さがダイオリフイス開口におけるよりも減少する」ということは、被覆した熱可塑性重合体クラツデイング層の断面積がダイオリフイスの開口面積より小さくなることを意味するとすれば、ドローダウン比が1.0より大きいことになる。しかしながら、ドローダウン比が1.0より大きくなることが当然であるといえないことは、既に述べたドローダウン比の説明から明白である。従つて、ドローダウン比1.1近傍が常識的な値であるとは決していえない。

(2) 本願発明でドローダウン比を1.1~2.0の範囲に限定した場合、光学繊維の光学的減衰値は著しく低下する。このことは、実施例2~7及び第3図の曲線A~Fに示したとおりである。

第3図の曲線A~Fのいずれにおいても、ドローダウン比が1.1以下から大きくなるに連れて光学的減衰値は急速に減少し、1.1~2.0のドローダウン比範囲のほぼ中間で最小となり、2.0を超えるに従つて減衰値は飛躍的に増大する。

このように、ドローダウン比が1.1~2.0の範囲内にある場合の光学的減衰値がこの範囲外の場合の減衰値に比較して顕著に小さければ、本願発明の目的を達成する上で十分である。何も、審決のいうように、夫々のクラツド材料についてドローダウン比の上限と下限に対応する光学的減衰値が同じである必要はない(甲第1号証3丁裏8行~11行参照)。

(3) 既に述べたように、第3図のドローダウン比・光学的減衰値曲線A~Fは、実施例2~7で得られたデータにもとづいて作成したものであり、ドローダウン比が0.56(実施例2)から3.8(実施例3)までの値をとるときの光学的減衰値を測定している。従つて、本願発明で限定したドローダウン比1.1~2.0の範囲外の減衰値も広く求めている。

この点に関し、審決は「各実施例中のデータのおける偏差は第3図によつて示される前記限定範囲を著しく逸脱するものを含む」と述べているが(甲第1号証3丁裏11行~13行)何をいわんとするのか定かでない。もし右認定が、実施例2~7に挙げたデータが本願発明で限定したドローダウン比1.1~2.0の範囲外の光学的減衰値を広く含んでいることを意味するのであれば、これは、ドローダウン比を右範囲内に特定することによる光学的減衰の減少という技術的効果を、同範囲外の場合と比較して確認する上で、寧ろ必要なことであつて何ら非とするに当らない。

(4) 本願発明において、ドローダウン比を1.1~2.0の範囲に限定した場合の光学的減衰値がこの範囲外の場合の減衰値よりも小さく、技術的に有意差があることは、既に指摘したところである。そうである以上、ドローダウン比の数値限定に臨界的意味があるものといわなければならない(甲第1号証3丁裏13行~15行)。

(5) 本願の添付図面第3図に示した曲線A~Fは夫々実施例2~7で実験によつて得たデータをもとにドローダウン比と光学的減衰の関係を模式的に示したものであつて、単に個々のデータの値をそのままプロツトして作成したものではない。従つて、第3図の曲線上の値と実施例に示した値が若干異なつている場合も含まれている。注目すべきことは、被告が説明図で指摘したような曲線上の値と実施例の値の若干の差異にあるのではなく、いずれの場合でも、ドローダウン比が下限の1.1よりも低くなるにつれ、また上限の2.0を越えるにつれて、光学的減衰が急激に増大することである。

曲線A~FにおいてA~C被覆重合体材料が同一のものに関するものであり、D~Fは夫々重合体材料が異なる。従つて、曲線A~Cは最小減衰値やそのときのドローダウン比が近似しているが、紡糸速度条件が異なるので、当然のことながら、全く同一ではない。それに対し、曲線D~Fは重合体材料自体が異なるので、右の値ないし比がかなりり相違している。このように、曲線A~Fは重合体材料あるいは紡糸速度等の条件が異なつているので夫々固有の形状を描き、光学的減衰が最小となるときのドローダウン比は約1.4~1.8位の範囲にあるが、1.1~2.0の範囲の丁度中間に位置するとは限らず、また光学的減衰が最小時のドローダウン比を中心として完全な左右対称の曲線を成すものでもない。従つて、ドローダウン比が下限の1.1と上限の2.0のときの光学的減衰値が等しくなるのはむしろ例外的であつて、1.1を外れたときの減衰が2.0のときの減衰より小さかつたり、逆に2.0を越えたときの減衰が1.1のときの減衰よりも低かつたりすることも当然に起り得る。それ故、被告の説明図の点B,C,Dの値も何ら異とするに足らない。

要約するに、本願はシリカフイラメントコアと、熱可塑性重合体クラツデイングから光学繊維を製造する実験の過程で、ドローダウン比が光学減衰に影響することを発見し、次いで両者の関係について更に詳細な実験を行つた結果、多くの紡糸条件に共通する有用なドローダウン比の範囲として1.1~2.0を最大公約数的に選択し、その範囲で権利を取得すべく特許を請求したものであつて、何ら非とされることはない。

前述したように、ドローダウン比が1.1より低下すると、または2.0より増加すると、光学的減衰値は急激に増加するのであるから、ドローダウン比1.1~2.0の範囲に十分臨界性があるといえる。

3  熱可塑性重合体の溶融物を被覆する前はシリカフイラメントコアがいかなる固体表面とも接触しないという本願発明の構成要件を看過した誤り(取消事由(3))

本願発明の第3の特徴は、熱可塑性重合体の溶融物をシリカフイラメントコア上に被覆する以前は、同コアがいかなる固体表面にも接触しないことである。その目的は、ドローダウン比の限定と同様に、光学繊維の光学的減衰値を小さくすることにあり、これはピンチロールおよび溶融被覆ダイを特殊な構成とすることによつて達成している(甲第2号証の1,17頁12行~21頁16行)。

しかしながら、審決は、このような本願発明の第3の特徴について全く判断しておらず、これを看過した点で違法である。

第三請求の原因に対する認否及び主張

一  請求の原因1ないし3の事実は認め、4の主張は争う。

二  原告主張の審決取消事由はいずれも失当であり、審決には違法の点はない。

1  取消事由(1)について

本願発明におけるフイラメントコアの材質であるシリカは引用例記載のものの材質の石英と同義であつて、その軟化温度や粘性等の紡糸に関与する性質を同じくし、また、ロツド状の素材から加熱溶融して紡糸するという紡糸工程も同じくするところであるから、両者の紡糸工程におけるフイラメントコアの挙動に差異はない。そして、このような紡糸工程において適切な温度条件を策定することは通常行われるところであり、本願発明における前記フイラメントコアの靱性や直径の制御及び連続紡糸の適否について明細書の記載(30頁)をみても、前記温度範囲の下限より低い温度ではフイラメントコアがきわめて脆く、連続紡糸ができず、上限の温度において直径制御が限界に近いというのであるから、前記温度範囲は、光学繊維として連続紡糸可能な範囲というに過ぎないものである。してみれば、前記温度範囲は、引用例記載のものにおいて当然採用されているところであるというほかない。

また、上限値を越える範囲及び下限値におけるデータについては、材質を含め記載がなく、これら限界値に臨界的な意義はない。

2  取消事由(2)について

(一) 光学繊維をフイラメントコア上に溶融樹脂を押出し被覆して製造するに際しては、温度や樹脂の種類等を一定とすれば、その工程はフイラメントコアのダイオリフイスからの引出しに伴なつてその上に押出された樹脂により被覆されて行くものであるから、これらフイラメントコアの引出し速度と樹脂の押出し速度との二つが基本的な条件である。従つて、フイラメントコアの押出し被覆においては、これら二つの条件が光学繊維の性能、即ち、光学的減衰の減少を目指して策定されることは見易い道理である。

これに対して、ドローダウン比は、ダイオリフイスの開口面積と樹脂被覆断面積との比であるから、同じく温度や樹脂の種類等を求めれば、その押出し被覆の過程からみて同様にシリカフイラメントコアの引出し速度と押出し速度との二つの条件によつて規定されるところであり、同様にこれらの条件を光学的減衰との関係において捉えることは何ら格別のことではない。

これを具体的にみると、これら二つの条件のうち、押出し速度が大であれば、フイラメントコアに押出された溶融樹脂は、冷却凝固するまでの間に順次重積肥厚し(ドローダウン比は1よりも小となる。)て樹脂層が形成されるのであり、また、フイラメントコアの引出し速度が大であれば、ダイオリフイスから押出された溶融樹脂はフイラメントコアの引出しによつて薄く引伸ばされる(ドローダウン比は1よりも大となる。)のであるから、いずれの条件に偏つても、ダイオリフイスにより成形された形態から変形されることとなるのである。従つて、これら二つの条件のいずれにも偏倚しない領域を採ること即ちドローダウン比を1.0にすることは常識であり、これを光学繊維の性能により確認することは格別のことではない。なお、ここにいう樹脂被覆層の厚さは、ダイオリフイスにより押出成形された形態を基準としていうのであり、単に変形後の厚さの大小と光学的減衰値との関係をいうものではないことは、むろんのことである。

(二) また、原告は「ドローダウン比を1.1~2.0に限定した場合の光学的減衰値がこの範囲外の場合の減衰値よりも小さく、技術的に有意差がある。」というが、第3図のA~F曲線によれば、この範囲の下限と上限とで光学的減衰値を異にするのであるから、このいずれに対してこのような大小の比較を行うのか、どのような点を有意差というのか、明細書の記載から明らかではない。また、実施例のデータをみても、実施例3について第2表パート2のドローダウン比1.0、光学的減衰値55dB/kmの点を第3図上に記すると(別紙(二)説明図参照)、これに対応すべき曲線Bに対してB'となり、前記範囲の下限1.1における光学的減衰値よりも小さいのであり、同じく、実施例4について第2表パート3のドローダウン比0.8、光学的減衰値61dB/kmは曲線Cに対してC'となつて前記範囲の上限2.0における光学的減衰値よりも小さく、さらに、実施例5について第3表のドローダウン比1.1、光学的減衰値200dB/kmは曲線Dに対してD'として表わされ、ドローダウン比が前記範囲内であるにもかかわらず、光学的減衰値は前記範囲の上下限のものよりも著しく大きいのである。このように、前記「ドローダウン比を1.1~2.0に限定した場合の光学的減衰値がこの範囲外の場合の減衰値よりも小さい」という原告の主張は成り立たない。

さらに、ドローダウン比の数値限定の臨界的意味について明細書の記載をみても、「押出機スループツトを、紡糸速度との関連において、1.1~2.0好ましくは1.2~2.0、より好ましくは1.4~1.8のメルトドローダウン比を保つように、調節することが必要である。(明細書16頁8行~11行)」というのみで、実施例2~7の各データ及びこれらに対応する第3図の曲線A~Fによる具体的開示内容によつても、前記のとおり何をもつて臨界的とするのか何も根拠がなく、これら臨界値に格別の意義はないものとするほかはない。

してみれば、原告の前記各主張はいずれも根拠がないものである。

(三) 原告は、「ドローダウン比の上限と下限とに対応する光学的減衰値が同じである必要はない。」と主張し、また、審決の「各実施例中のデータにおける偏差は第3図によつて示される前記限定範囲を著しく逸脱するものを含む。」とした点についてその意味が定かでない旨主張する。

しかしながら、前者については、ドローダウン比の上限と下限とに対応する光学的減衰値の相違は、ドローダウン比の範囲を数値をもつて限定した根拠を不明とするものである。また、後者についても、各実施例のデータは「ドローダウン比を1.1~2.0に限定した場合の光学的減衰値がこの範囲外の場合の減衰値よりも小さい。」という原告の主張に反するものを含むのである。

従つて、原告の前記の各主張は根拠がないものである。

(四) 更に原告は、「多くの紡糸条件に共通する有用なドローダウン比の範囲として1.1~2.0を最大公約数的に選択し」というのであるが、その選択の手法について、明細書には何も記載がない。第3図をみても、範囲の限定の意義はない。すなわち、A~F曲線の実施例についてみると、ドローダウン比が1.1と2.0において、減衰(縦軸の値)が1.1が悪い(高い値が伝送特製が悪い。)のはBだけである。Aはほぼ等しく、他の4例はいずれも1.1がかなり良い。2.0の値を基準にしてみれば1.1より小さいドローダウン比でも格別の効果の差があるとは言えない。仮にドローダウン比1.0に取つたとすると、2.0に比して1.0が悪い値はB、FだけでA、Dはほぼ同じ、C、Eに至つては、1.0の方が良い。

これらを総合するとドローダウン比の下限値1.1に格別の意義のないことは明らかであり、更に1.0との間にも意義ある差異は見出せない。したがつて、原告の有用なドローダウン比を最大公約数的に選択したとする主張は、根拠がないものである。

以上のとおりであるから、ドローダウン比の下限が、1.0であると言つても、1.1と言つてもいずれも常識的な値の域を超えるものでなく、ドローダウン比の選定は当業者の容易になし得る値を含むが故に、その範囲をもつて特許をすべきものとすることはできない。

3  取消事由(3)について

審決は、2丁裏14行~15行において引用例記載のものが、「フイラメントコアを溶融紡糸した直後にクラツド層となるプラスチツクで被覆して」なるものであることを認定しており、これは本願発明における「熱可塑性重合体の溶融物を被覆する以前には、該シリカフイラメントコアが如何なる固体表面とも接触しない」とする点と要件を同じくするものであるから、本願発明と引用例記載のものとの対比において、前記の点に両者の相違を認めていないのである。即ち、引用例における「直後に」の意味は、「紡糸した直後にクラツド層をコーティングすることによりコア表面を清浄に保つことができ」(2頁左欄下から1行~右欄2行)、「紡糸直後フアイバーの表面が活性加工されているためプラスチツクとの接着力が増し高強度のフアイバーを供することができる」(2頁右欄5行~7行)などの記載からみて、紡糸直後のコア表面がなんらの固体表面とも接触しないことをいうことは明らかである。図面をみても、紡糸よりプラスチツク被覆を行う間に、フイラメントコアに接触する何らの固体も示されていない。

従つて、原告の主張する要件は、明らかに引用例に記載されたことで、これを差異として取り上げなかつたことは当然であり、審決が前記の点を判断せず、看過したとする原告の主張は根拠がない。

第四証拠

本件記録中の書証目録の記載を引用する。

理由

一  請求の原因1ないし3の事実及び本願発明の要旨が審決認定のとおりであること、引用例に審決認定の発明が記載されていること、本願発明と引用発明の相違点が審決認定のとおりであることは、当事者間に争いがない。

二  そこで、原告主張の審決取消事由(2)について検討する。

1  成立に争いのない甲第2号証の1ないし3によれば、本願明細書(甲第2号証の1、但し同号証の2、3により補正されたもの、以下同じ。)の発明の詳細な説明の項の記載から、審決認定の相違点(2)に係る本願発明の構成について、次の事実が認められる。

即ち、本願発明は、光学繊維の形成に当り「繊維内における伝送される光の減衰を増大させる要因を最低とすること」(甲第2号証の1、6頁5行~6行)を技術的課題とし、紡糸したシリカフイラメントコアに熱可塑性重合体の溶融物を押出し被覆するに当り、シリカ繊維の線速度と熱可塑性性溶融物の線速度「間の不釣合が大きすぎる場合に、シリカ表面を溶融物よりあまりに速く移動させる場合にはメルトフラクチヤーのために、あるいは溶融物をシリカ表面よりも速く移動させる場合にはしわがよるために、荒れた界面が生じる。一方、荒れた界面は、過度の光散乱と伝送光の減衰の増大をもたらす。」(同17頁3行~9行)との知見に基づき、各種実験をした結果、実施例2では、紡糸速度を3~15m/分で変化させ(但し、いずれの場合もシリカ繊維の直径が200μmになるように仕込み速度を調節する)、押出機のスクリユー速度を6m/分に保つて、同一の熱可塑性重合体で押出し被覆したときのドローダウン比は、0.56から3.1の間で変化し、ドローダウン比1.7のとき伝送光(波長6328A、以下実施例3~7においても同じ。)の減衰値は最低の30dB/km、ドローダウン比0.56及び3.1のとき同減衰値は260及び690dB/kmとの(同第2表パート1)、実施例3では、紡糸速度を12m/分に保ち押出機のスクリユー速度を変化させて押出し被覆したときのドローダウン比は0.85から3.8の間で変化し、ドローダウン比1.7のとき伝送光の減衰値は最低の47dB/km、ドローダウン比0.85及び3.8のとき同減衰値は188及び830dB/kmとの(同第2表パート2)、実施例4では、紡糸速度と押出機スクリユー速度とをそれぞれ変化させたときのドローダウン比は0.8から2.2の間で変化し、ドローダウン比1.1のとき伝送光の減衰値は最低の49dB/km、ドローダウン比0.8及び2.2のとき同減衰値は61及び165dB/kmとの(同第2表パート3)また、熱可塑性重合体の種類を変えて実施例2の操作を加えた実施例5ないし7の実験をした結果、実施例5ではドローダウン比は0.72から2.3の間で変化し、ドローダウン比1.3のとき伝送光の減衰値は最低の93dB/km、ドローダウン比0.72及び2.3のとき同減衰値は250及び355dB/kmとの(同第3表)、実施例6ではドローダウン比は0.93から2.7の間で変化し、ドローダウン比1.2のとき伝送光の減衰値は最低の610dB/km、ドローダウン比0.93及び2.7のとき同減衰値は1070及び4000dB/kmとの(同第4表)、実施例7ではドローダウン比は0.93から2.7の間で変化し、ドローダウン比1.5のとき伝送光の減衰値は最低の750dB/km、ドローダウン比0.93及び2.7のとき同減衰値1350及び2000dB/kmとの(同第5表)各実験結果を得、右実験結果による光学繊維の光学的減衰値(伝送光の減衰値)をメルトドローダウン比の関数としてプロツトし、これに基づいて模式的に順次A~Fの曲線を図面に記載し(同第3図、別紙(一)参照、同図のA~F曲線は実施例2~7の実験結果をプロツトし、これに基づいて模式的に記載したものであることは当事者間に争いがない。)右実験結果及び右第3図から「本発明の方法においては、重合体被覆操作を紡糸と調和させることおよび押出機スループツトを紡糸速度との関連において1.1~2.0好ましくは1.0~2.0好ましくは1.2~2.0より好ましくは1.4~1.8のメルトドローダウン比を保つように調節することが必要である。」(同16頁7行~11行)ことを見出し、前記当事者間に争いのない本願発明の特許請求の範囲の構成を採用したものであることが認められる。そして、前記第3図によれば、A~F曲線はいずれも放物線状を描き、ドローダウン比1.1~2.0の中間で光学的減衰値の最低を示し、右最低点からドローダウン比が小さくなるに従い、また大きくなるに従い同減衰値は次第に増大するが、右範囲内では範囲外に比較して同減衰値は低い値を示しているのであるから、前記認定の実施例の実験条件と併せ考えると、本願発明におけるドローダウン比1.1~2.0の限定は、紡糸速度、押出スクリユー速度、熱可塑性重合体の種類の点において条件の変化にもかかわらずいずれの条件においても右減衰値の低い範囲を選択したものとして技術的意義のあるものということができる。

2  これに対し、成立に争いのない甲第3号証によれば、引用例明細書の発明の詳細な説明の項の記載から次の事実が認められる。

即ち、引用発明は、シリカフアイバーコアを紡糸し、紡糸直後に該コアより屈折率の低いプラスチツクでその表面を覆い、光伝送用フアイバーを製造するものであるが、このプラスチツクでの被覆は、塗布操作及び乾燥、焼結操作によつてプラスチツク(熱可塑性重合体)クラツド層を付与する方法が記載されているのみで、熱可塑性重合体を溶融して押出方によりクラツド層を設けること、従つてドローダウン比については記載がないことが認められる。

3  右認定のクラツド層の材料として引用例に例示されたプラスチツクが熱可塑性重合体を含むものであり、熱可塑性重合体による被覆の形成手段として押出し被覆によることが本願出願前周知であることは当事者間に争いがないから、本願発明がシリカフイラメントコアへの熱可塑性重合体の被覆に押出し被覆を採用したことには、審決認定のとおり格別の困難性はないことが明らかである。審決は、この押出し被覆の際、その被覆がダイオリフイスを通るフイラメントコアの引出しに伴つて進行するものであることから、押出し後の被覆の厚さがダイオリフイス開口よりも減少することは当然であるという理由で、ドローダウン比1.1近傍は常識的な数値と認めるとしているので検討するに、前記認定の本願発明の実施例の実験結果からも明らかなとおり、紡糸速度(シリカフイラメントコアの引出し速度)及び押出スクリユー速度(熱可塑性重合体の押出し速度)の変化によりドローダウン比は大きく変化(例えば実施例2ではドローダウン比0.56から3.1の間で変化)するのであるから当然には押出し後の被覆の厚さがダイオリフイス開口よりも減少する(ドローダウン比が1より大きくなる)とはいえず、前記審決の判断は根拠がない。

被告は、右の点に関し、シリカフイラメントコアの押出し被覆においては、シリカフイラメントコアの引出し速度と熱可塑性重合体の押出し速度が光学的減衰の減少を目指して策定されることは見易い道理であり、右両速度条件のいずれにも偏倚しない領域を採りドローダウン比を1.0にすることは常識であるから、これを光学繊維の性能により確認することは格別のことではない旨主張するので検討する。被告主張の右2条件が光学的減衰の減少を目指して策定されることは、右2条件が光学的減衰に影響を及ぼすという知見を得て始めて見易い道理であるといえるところ、右知見が本願出願前当事者にとつて周知であつたことを認めるに足りる証拠はないから、被告の見易い道理である旨の主張は根拠がなく、仮にドローダウン比を1.0とすることが常識であつたとしても、これを光学的減衰との関係において捉え、本願発明のように1.1ないし2.0に限定することが容易であるとはいえない。従つて被告の前記主張は採用できない。

また、審決は、同一のクラツド材料についてのドローダウン比の上限と下限とに対応する光学的減衰値は必ずしも相等しないこと、また、各実施例中のデータにおける偏差は第3図によつて示される前記ドローダウン比の限定範囲を著しく逸脱するものを含むことを理由とし、ドローダウン比1.1~2.0には格別の臨界的意味があるものということはできないとし、被告も同旨の主張をするので検討する。前掲甲第2号証の1によれば、(イ)同第3図のA~F曲線は個々の曲線をとればドローダウン比1.1のときの光学的減衰値と2.0のときの同減衰値とは一致しないこと、(ロ)別紙(二)説明図のB'、C'、D'点に示されるとおり、前記実施例中の実験結果の数値の一部に右第3図のB~D曲線上から離れたものがあること、(ハ)右第3図のA~F曲線上ドローダウン比1.1及び2.0の各点において光学的減衰値が格別に変化しておらず、右数値に臨界的意義がないことが認められ、これらはいずれも審決及び被告指摘のとおりである。しかしながら、前記のとおり、本願発明のドローダウン比1.1~2.0の限定は、紡糸速度、押出スクリユー速度及び熱可塑性重合体の種類についての条件を種々変化させ、いずれの条件の場合でも、右ドローダウン比の範囲内であれば光学的減衰値の低い光学繊維を得ることができるという意味において技術的意義があるものであるから、右(イ)、(ロ)、(ハ)の事実によつても前記ドローダウン比の限定の技術的意義が失われるものとは認められない。(なお、右第3図のA~F曲線は前示のとおり、実験結果をプロツトし、これに基づき模式的に記載したものであり、右作図の手法を不当とする根拠はない。)そうすると、前記審決の判断は根拠を欠き、被告の主張は採用できない。

4  以上のとおり、本願発明と引用発明とは、シリカフイラメントコア上への熱可塑性重合体の被覆の形成に関する構成を異にし、引用例は相違点(2)のドローダウン比の限定を示唆するものではなく、ほかに右の限定を容易とする根拠も見出すことができないから、相違点(1)(3)について検討するまでもなく、本願発明が引用例に基づき容易に発明することができたということはできない。従つて、これを容易とした審決の判断は誤りであり、審決は違法として取消しを免れない。

三  よつて、原告の本訴訟請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 瀧川叡一 裁判官 牧野利秋 裁判官 木下順太郎)

<以下省略>

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